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理事のリレーエッセイ①

 現在のHINTのベトナム事業では、弊会の支援により建設された薬草園や学校、井戸、
診療所の維持とメンテナンスを行っています。

 また、高等看護師の資格をもつ現地シスターリエン氏の医師資格取得のため、医学
部に通うための奨
学金支援なども継続中です。

 今回は、現地でコーディネータをしていただいているニン氏の、日本に留学中の娘
さんたちと、HINTの酒井匠理事との交流の一コマをお伝えいたします。


僕に戸籍外の3人の娘が出来てから、もう10年ちかくなる。その話を聞いて欲しい。


 

 きっかけは、2002年にHINTベトナムコーディネーターのニンさんからHINT
代表の進藤さんに「長女が日本語の勉強に行くので、誰かHINTのメンバーに親代わり
になってもらえないだろうか?」
というメールが届いたことだった。 

その年の秋にホー・チ・ミン市にプライベートで旅行に行っていた僕は、帰国して一
週間で届いた「ニン氏長女の親代わり」の話に運命的なものを感じて「即OK」のメ
ールを返した。 もちろん、
ニンさんにもそのお嬢さんにも会ったこともなかったのだけれど。



 その後秋から冬にかけて、受け入れのための書類を揃えたり、新宿にあった日本語
専門学校に面談に行ったり、ほぼ一緒に来日する妹さんが下宿する日本の方と打ち合
わせたりして準備を整え、まだ肌寒い2003年3月、成田空港にニンさんの長女の
出迎えに行ったんだ。彼女は寒さよりも車に酔ったことで、成田空港から新宿まで
ずっと黙ったままだった。



 ニンさんの長女はとても礼儀正しくてしっかりした女性。一足
先に来日していた次女は少しおとなしい感じの女の子。まずこ
の二人の「書類上の」親代わりになって、実のお父さんのニンさんに来日の様子など
をメールしたり、 その頃僕が住んでいた渋谷区内のマンションに二人に来て貰って、
うちの家族と一緒に晩御飯を食べたり、他のボランティア団体の活動に一緒に参加し
てもらったり、家内の実家に寄ったり。今も我が家にあるDVDにはその頃の様子が
残っている。

その後2005年に三女が日本語専門学校に通うために日本に来た年の冬には、
6人で越後湯沢にスキーにも行ったんだ。 親代わりとして大したことは出来
なかったけど、今も残っているDVDを見ると、何とか努力して日本の父として思
い出を残そうとしていた自分がそこには窺えたりするんだ。

 

 そんな親代わり体験の中で、「親」として嬉しい思いをこの間したんだ。聞いてく
れる? 

それは、今は仕事の都合で 神戸に住んでいる僕が、5月下旬に東京に行った時のこ
と。ベトナムから預かった娘3人と晩ご飯を一緒にした時、僕は今でも親代わりのつ
もりだったので、最後に勘定を払おうとした。 そしたら次女に「ここは
結構です」とブロックされたんだ。「いいよ、払うよ」と言ったら、彼女から
「私たちも働いていますから」と。

 よく普通の親子でもそういうところに気が回らなくて、いつまでたっても親のすね

を齧っちゃう子どもって沢山いるじゃない? でもうちの娘たちはそんじょそこらの
日本人より日本人らしい、実に気配りの出来る娘なんだ(これって親ばか?)。



 この10年間のベトナムとの関わりの中ではとても小さなことなんだけど、「親」

としてとて も嬉しかった事なんでご紹介しました。
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